2021年1月24日、オンラインサロン〈LifestyleDesign.Camp〉限定イベント「OpenCamp(オンラインサロン主催者・四角大輔フレンズの著名人との対談)」が開催された。


今回のお相手は、山川咲氏(以下、咲さん)。友として、世界一お互いに理解している安心感があるから、タイトルを「世界一仲良し」にしたと、大輔さんは、少し照れながら言った。

咲さんは、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が出る直前の昨年(2020年)2月、創業からこれまで、本気で関わってきたCRAZY WEDDING(以下、CRAZY)を辞めることを決断し、翌月3月に辞めた。


その後、8ヶ月間の完全オフ期間を設け、当時2歳になる娘のはなちゃんと共に、奄美大島に2ヶ月半滞在、そして6月には「アーティスト山川咲」として、初のエキシビジョン「Saki Yamakawa Exhibition「Close Contact」」
https://sakiyamakawaexhibition.peatix.com/viewを、表参道の「IWAI」にて開催。


10月には、キャンピングカーを借りて、はなちゃんと1ヶ月の2人旅に出た。

「これまでの人生の中で、一番大きなフルリセットをしたからこそ、気づいたことがいっぱいあった」と話してくれた。

大輔さんは、ご存知の通り、2019年は令和、2020年はコロナを好機と捉え、以前にも増したフルリセットを行ってきた。


この呼びかけや行動に後押しされ、フルリセットを実行したCamper(オンラインサロンメンバー)は多い。私も、その1人である。


大輔さん自身、仕事を一気に減らし、畑仕事や釣り等の自給自足ライフを、さらに極める時間が取れてから、あることに気づいたという。


それまで、無意識のうちにからだに余計な力が入っていたというのだ。その気づきを受けて2020年の途中から「ゆるめる=Release」をテーマに活動したとのこと(そして2021年も継続するという)。


「休むこと」や「力を抜くこと」の大切さをしみじみと語るお2人に、オンラインイベントとはいえ、80名に及ぶ参加者の空気も、緩んでいたように感じた。

このブログは、「フルリセット」をテーマに、お互いに「表情がすっきりしたね。いい感じ」と言い合うお2人の対談レポートだ。

OpenCamp#16 山川咲さん×四角大輔「世界一仲良しの2人が語る人生フルリセットについて」




「 船の上 海の力は 母のよう 」

以前から仲良しだった、大輔さんと咲さん。2人の絆がより強くなったのは、2016年に一緒に乗船した「ピースボート」だった。


大輔さんが、朝日を見ようと看板に出ると、そこにはすでに咲さんの姿があり、共に朝日を眺め、同じ窯のご飯を食べ、夜は乗船者たちとの飲み会に参加するなど、船の中で様々な時間を共にしたこの時、「俺たち、世界一仲良くなったよね」と、大輔さんは振り返った。


世間では、この頃、情熱大陸で咲さんが放映された後だった。咲さんは、愛するCRAZYに行けないほど、「引きこもりモードに入り崩壊していた」と、当時のことを振り返った。


そんな咲さんの様子を感じた大輔さんは、(もう、海の力を借りるしかない!)と、ピースボートへの乗船を、半ば強引に誘った。


「このタイミングでピースボートに乗船して良かった、もう一回頑張ってみようと思えた。ありがとう。そして、2020年のフルリセットは、ピースボートの時と同じくらい、自分の中で大きなことだった。」と、彼女は語った。

*参照:「情熱大陸:山川咲(プランナー)」





「 人生の 舵取りONは 高校生  」

ここで、「学生時代まで遡り、これまでの人生の中でフルリセットした時があったか」と、大輔さんは聞いた。


「転換期は高校時代。それまでは、父の方針で、大自然の中で一家一台のワゴンカーで過ごすなど、自分では選択していない環境を、ずっと強いられていると思っていたが、どこの高校に行くか決める時から、その後の進学校や部活、もちろん寄り道して寄る店も全て ”自分で決めていい” と言われ、初めて、人生のチョイスを与えられたと感じた」とか。




そんな咲さんのお父さんは、元フジテレビの有名アナウンサー。ある日、突然会社を辞め、「俺はワゴンで家族と暮らす!」と、当時2歳の咲さん含む家族3人のワゴン生活が2年半(一年滞在した北海道で、妹が生まれる)続いたそうだ。ここでお気づきの方もいるだろうか。昨年、はなちゃんがバンライフをした歳も、2歳。これぞ、親子か遺伝子か。


社会からドロップアウトした父の姿は、咲さんに反面教師として映っていたのか、「私は、ビジネスの世界で成功したい。社会からちゃんと評価をされたい。という気持ちが、小学生位からあった」という。


ユニークなところも、私のアイデンティティの良さなんだと思いつつ、普通になりたいと、20代・30代はもがいた。 ”そのままの自分で良い” とこころから思えたのは、CRAZYを作った後から。そして、そのCRAZYも辞めた今、何か魔法が解けたようだと、率直な心境を語ってくれた。

「常に不安体質」という咲さんに、「その不安はどこから来るの?」と問いかける大輔さん。「強烈に輝くから、強烈に不安になるという病的なものではなく、自分の存在意義や、今関わっている仕事の両方に不安がある」と、大輔さんに打ち明けた。


「じぶんのバリューが発揮できているのかどうか、この不安があるからパフォーマンスが発揮できているという面もあるが、この不安は、37歳になっても元気笑」と、咲さんは苦笑いを浮かべた。




「 花ひらく アーティスト 山川咲 」

そして、6月に開催された、初のそのエキシビジョン。なぜ、CRAZYが創った空間「IWAI」で開催したのか、大輔さんは聞いた。

一番CRAZYをやっていて辛かったことは、経営者としてのプレッシャー以上に、”じぶん" を規制されてるような感覚があったこと。


会社の顔、ブランドとしての立ち位置も把握していたが、個人のSNSを、会社の意向に沿うように、自分を変えなくてはならない時もあったのは、結構辛かった。


それがなくなった時、CRAZYの山川咲でなく、いち個人山川咲として、何かを創ってみたいと思ったから。

皆、自分の闇の部分を隠しながら生きているが、私は、その闇の部分に背中を押されて生きてきた。それを、自分の闇をさらけ出すことで伝えたい!と思った。


コロナにより、自分と向き合った人も多かったと思う。6月初めの緊急事態解除後、久しぶりの外出で、最初に観るエキシビションにしたくて、準備期間2週間という日程で、開催した。


初めは、1日40〜50人の来場者も、最終日近くには、1日200人となり、合計1,000人以上の人が来場してくれた。私の作品が良かったというより、“みんなが私の作品を見て、自分自身に深く潜っている様子” が見受けられ、やってよかったと思えた。


はなと私の作品映像を見て、私と同世代の方が、「はなちゃんと、自分の子ども時代を重ね、没入して観ていた」と伝えてくれたり、泣いてる人も多かった。


「美しい部分だけじゃないところが、私は、人間の美しさ」だと思っていて、自分自身もそういうものを表現して生きていきたい。「『アーティスト山川咲』は、ビジネスをしながらも、人間として表現をし続けることだと、この個展を通して思った」と語る咲さん。その表情は輝いていた。


エキシビジョンの後、妹さんからキャンピングカーを借りて、はなちゃんとのバンライフを始めることになった。


その妹さんは、今、尾道で、自分たちが子ども時代に育ったような環境で暮らしている。どこか抗えない運命の元で、人は生きていくのだと感じたそうだ。


キャンピングカーはどこにでも駐めて寝泊まりできる利点のある一方、夜はカーテンを閉めれば、そこは闇。キャンピングカーで2人で過ごしている時、「ママは、ちょっと怖いけど、はな大丈夫?」と、娘さんに聞く咲さんに「大丈夫だよ」と答えたはなちゃん。とても頼りになる相棒だったそう。



「 力まずに 今を愉しめ わたし色 」

奄美大島の自然と戯れたり、大自然の中でワゴンカーで暮らすなど、8ヶ月間のサバティカルタイム(前向きなギャップ期間)を経て、再び自分自身と出逢い、「また何か物事を成し遂げたい、生み出し続けたい」というところに、SANUとの出会いがあったそうだ。

SANUは、自然が大好きな二人が、自然の中にセカンドホームを持ち、自然と共に暮らす中で、自然の良さを感じ、自発的に「自然を守りたい」と思う人が増えてくれたら嬉しい、という想いのこもった、セカンドホーム事業。今年(2021年)の夏秋頃に、サービスをローンチしていく予定だとか。


そして、もう1つの新たな出会いは、「神山まるごと高専」。(高専とは、15歳から20歳までの5年間を過ごす専門学校のことで、高校から短大までの資格を取得できる、日本独自のシステム。)「起業・テクノロジー・デザイン」に特化した人材を育てていく学校で、2年後の開校に向けて、準備中とのこと。

参照:CRAZY創業者の山川咲が新たなステージへ。ホテル&レジデンスブランド「SANU」に参画。



参照:約20年ぶりの高専新設──Sansan寺田親弘氏率いる「未来のシリコンバレー」を生み出すプロジェクトの裏側



今回の対談で、大輔さんが咲さんに一番伝えたかったこと。それは、山川咲は【ビジネスの世界に軸足を置きながら、アーティストとして生きるべき】というメッセージ。

「いま、俺はオンラインサロンと自著の執筆。そして、ライフワークの環境活動と、自給自足生活をさらに極める、という4本柱で『アーティスト四角大輔として生きる』と決めて、会社の役員や顧問、天職のプロデュースワークを全て辞めてフルリセットした。

コロナを機に、自分に被せていた鎧を取っ払い、「四角大輔」をフルで発信し始めたら、SNSのフォロワーはどんどん増えた。サロンメンバーも増えて、みんなさらにアクティブになってきた。そして、人生もさらに楽しくなってきた。


だから「咲ちゃんも遠慮せず振りきるといいよ。ビジネスの世界で、アーティスト山川咲を100%全解放することが、SANUにも神山まるごと高専にも、一番の貢献になると思う。ぜひ、大暴れして欲しいな。」と、咲さんへラブコールを送った。


「わかった。それを伝えるためにトークしてくれたのかな。嬉しい。」という咲さんの涙顔に、私のこころもほころんだ。




ここからは、質問タイムとなった。Camperからの質問を2つ、紹介する。

●「咲さんは、どのような状況や状態になったら、自分自身のバリューが発揮されたとなるのか?」(@かおりん| 望月香里)

「もう、尋常じゃない奇跡が起きたらって感じだから、傷ついたりするんだなと、この質問を受けて理解しました笑。


これ、めっちゃ楽しいから絶対やろう、と投げかけることで、何かを感じ、貴重なじぶん時間を預けてくれる仲間が現れたり、何もないところに、人やエネルギーが集まり、新たなことが生まれるその瞬間、バリューというか、わたしの存在価値を感じる」と咲さん。


●「何か新しいことをするとき、やはり覚悟を決めて挑む部分はあるか?今は、気軽な気持ちで挑んでいるか?」(@かずは/木村和葉 ちゃん)

「今は、前より軽い気持ち。流れに乗ってみようと、身を委ね始めている。前は私がやるならここまでやらなきゃ意味がない、できていない自分に対し、みんなこう思うのではないかと、1人妄想ゲームして苦しかった。」と答えた咲さんに、

「実は、2020年のテーマは「ゆるめる」だったの。何か始めようとすると、グッと力をいれすぎる癖があったことに今さら気づいた。学生時代やっていた野球や釣りも、力を入れてうまくいったことが1回もなかったのに。

去年から、人生の波をよく観察し、力を入れずに流れに乗り、導かれるように乗り越えていこうと思うようになった。咲ちゃんも、できない無理はせず、得意なクリエイティブやアートの領域だけに軸足をのせ、力を抜いて、スーッと流れに乗って欲しい。


それが、アーティスト山川咲が、一番スムーズに世界を良くできる方法なんじゃないかと、勝手に思いました。」と、世界一仲良しの友達、大輔さんからのアドバイスがあった。

最後に、高専のことを、「これは日本を良くする。一学年40人しかいないけど、日本の中の選ばれし40人が、5年間クリエイティブな場所で過ごすことは、何か未来が変わる。」と紹介する咲さん。「アーティストとして暴れればいいよ」と言われ、【2021年の山川咲のこころ、ほどけました。】」という名言がでたところで、本イベントは幕を閉じた。


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力が抜けるようになり「力みがちだったうちら、成長してるね!!笑」と言い合うお2人。2021年のスタートにふさわしいイベントになったと語るその様子に、「いま」という青春を謳歌しているように感じたのは、私だけだろうか。

人生には波があり、気持ちの上がり下がりがある。これは生きている証拠。だが、どんなときもKeep Neutral。自分のバリューを最大限発揮するため、私も、要所要所でフルリセットしていこうと思う。人生は山道のよう。休憩しながら、えっちらおっちら、Long Slow Distanceでいこうじゃないか。


咲さん、ありがとうございました。
Camperみんなで、「アーティスト山川咲」を応援しています。


書き起こし:@なお / 藤原直  文:@かおりん| 望月香里