上ではなく、奥へ、奥へ
2011年10月、幼少の頃からの夢がひとつ叶った。北アルプス、長野県・上高地から富山県・立山室堂までの全長約80kmを、「ソロ全泊テント・食料補給ナシ」というスタイルで一週間かけて踏破。
ぼくは、日本だけでなく、生活の拠点としているニュージーランドでも、さまざまなロングトレイルを歩いている。昨年から数えると、40~60kmのトレイルを、国内4つ、ニュージーランド4つと、計8つ。
1~2泊だと物足りなくて、できれば3泊以上、というのが僕の嗜好。
信条は「あの山の上へ」ではなく、「あの山の向こうへ」。
とにかく、出発地点とゴール地点が違う〝縦走〟と呼ばれる長い距離を歩く登山スタイルが大好きだ。
〈これがその時の一週間分の全装備。全306アイテムで総重量17.5kg。1アイテム10g増えるだけで+3kg増量となる。テクノロジー発達の恩恵を受けて、10年前よりも10kg近く軽くなっている〉
疲労筋肉痛ゼロの長距離登山テク
冒頭の北アルプス縦走を行った時、僕は41歳。
ゴールの立山室堂に到着した直後も、そのあとも筋肉痛はゼロ、身体の疲労もほとんどなかった、といったら信じてもらえるだろうか。肉体的苦痛は、少しの擦り傷と逆剥け、そして予想外の寒波と大雪という異常気象による足の指先の霜焼けのみ。これは脚色ゼロ、正真正銘の事実だ。
体力的には下り坂にある年齢のはずなのだが、20代よりも疲労感なく長い距離を歩けるようになっている。もちろん、基礎体力や瞬発力、そして根性といった精神力は当時のほうが圧倒的にあったはず。
しかし、「重いバックパックを背負って何日も山道を歩く」という行為においては、体力以上に、複合的かつ創造的なアプローチと、最新テクノロジーと科学の導入が重要となってくる。むしろ後者の、〝体力や根性だけに頼らない努力〟こそが、圧倒的な「差」を生み出すのだ。
疲労を最小限に抑える栄養学的工夫、筋力を失わないためのヨガストレッチ、身体修復のための睡眠休息メカニズムの理解、万全のコンディションで山旅を迎えるための下界での日々のマルチトレーニング、ハイテクギア導入による荷の軽量化など。
進化著しい最新科学やテクノロジーを研究し、自分に合ったものを導入することによって、体力をカバーするどころか、年齢を重ねても山歩き自体を進化させることか可能なのだ。
ぼくはこれらを統合したアプローチを「クリエイティブ登山思考」と呼んでいる。
〈山で摂取する一週間分のサプリメント。中味は、この連載を通じて解説予定。ぼくは下界ではナチュラル&オーガニック食中心だが、過酷な環境の山中は〝非常時〟と捉え、ケミカル(化学)の力借りるようにしている〉
創造的アプローチ術を全公開
もっと若くて勢いのあった20年以上前のぼくだったら、上高地~室堂間の3000m級の山を20以上越えるハードな山道を「ただ踏破すること」だけで終わっていただろう。でも、「笑顔で歩き通すこと」は不可能だったと思う。
山での体調管理に対する意識の低さ、炭水化物が9割を占める山での食事、25kg超の重量級バックバック……という当時の自分の登山スタイルだと、極度の筋肉疲労だけでなく、関節痛なども伴っただろうし、歩くことで精いっぱいで、途中のすばらしい景色を味わう余裕さえなかっただろう。
ワングル部出身の父親に教わった“登山は根性”という「クラシックスタイル」。そして、その対極に存在し、世界的ムーブメントとなっているスタイリッシュで先鋭的な「ウルトラライトハイク」。
ここで提唱したい考え方は、伝統あるクラシックスタイルと、先鋭的なウルトラライトハイクの交差点に立つアプローチだ。
今回から始まるこの連載では、そんなぼく独自の「クリエイティブ登山思考」の考え方や愛用ギア、ノウハウのすべてを公開していきたいと思っているので、長くお付き合いいただければ幸いだ。