このブログは、依頼を受けて書いている。

だから本当は、
「坂田まさこさんってこんな人です」
という紹介文になる予定だった。

……予定だったのだけど、
途中で諦めた。

この人、   
伝えきれない。

だって、
伝説になるネタが多すぎるんだもん。

本職は古本屋。

でも、今の彼女は環境再生の現場で、
行政からも、個人からも、
全国各地から呼ばれている。

昼は現場、
夜はオンラインで講師、
行政依頼の講演もある。

肩書きだけ見れば
「環境活動家」なのだろうけれど、
本人は肩書きに、ほとんど意味を感じていない。

依頼は受けても、
場合によっては
「何をやってほしいのか」
わからないまま、
とにかく現場に向かうこともある。
(基本、ある程度交流があって、
    彼女の考え方を理解している人ほど、
    このパターンになりやすい。)

……だって、忙しすぎるし
現場見ないとわからないから。笑

あの驚異のスケジュールをこなしていることに、
みんなビビるし、体調を心配する。

でも依頼は止まらない。
みんな隙あらば…と
坂田さんのスケジュールをチェックしている
(ほんとに)。

求められた場所に行き、
その場所に必要なことを見て、
自分にできることをやりつづけている。

その積み重ねの結果が、今なのだと思う。

坂田さんの最大の特徴は、
とにかく「ものをよく知っている」こと。

日本の成り立ち、
地球の成り立ち、
人間の歴史、民族の移動、
土や水や地形と、生き物と人の暮らしの関係。

歴史学・民族学はもちろん、
科学論文や学術資料まで幅広い。

でもそれは、
ただ情報が詰め込まれているという感じではない。

土地と土地、
人と人、
過去と現在が、
一本の線でつながっている。

しかもその線の幅が広い。
(情報量が多い、という意味で。)

だから彼女は、
依頼された土地を歩き、
地形を読み、水の動き含む
そこにある環境を読みながら、

ここで何が起きてきたのか

今、何が起きているのか

これからここをどういう場所にしたいのか

そのために、どんな作業が必要か

を、同時に見ている。

彼女が多くの人に知られるきっかけになったのが、
高尾山のトンネル工事反対運動だった。

国を相手にした裁判。
何年にもわたる反対運動。
結果として、裁判には敗訴。

ここだけ切り取れば、
「負けた運動」と言われるのかもしれない。

でも、坂田さんがやっていたのは、
単なる「反対」ではなかった。

既存トンネルを通る車の台数を実際に数え、
その車たちがどこへ向かっていくのかを数えて、
本当に新しいトンネルに
需要があるのかを実際のデータを元に伝える。

便利になると言われている
その“便利さ”が、
本当に必要なのかを、
感情ではなく、
現場とデータと実感で問い続けていた。

その流れの中で生まれたイベントのひとつが、
「1000人ハイク」。

「高尾山にトンネルほらないで❤️🙏」
という言葉を入れたTシャツを1000枚つくり、
それぞれが、高尾山に登る。

Tシャツを見た人が声をかける。

「え?トンネル掘られそうなの?」

それなら私も協力する、と
Tシャツを買って登る。

「ほんとに1000枚売れたよね。」
って坂田さんは笑いながら言う。

Tシャツの一言が、
対話の入口になる。

主張を押しつけるのではなく、
事実が、静かに広がっていく。

それが、坂田さんのやり方。


もうひとつ、
私の中に強く残っているのが、
最終局面での「たてこもり」の話だ。

たてこもりと聞くと、
何かを破壊したり、
誰かと対立したりする
物々しい光景を想像すると思う。

実際、そんな案も出ていたらしい。

現場は追い込まれていた。
時間も、選択肢も、少なかった。

「ここを守るなら、
もう体張るしかないよね」


おそらくそんな空気が流れる中で、
坂田さんは、少し間を置いてから言った。

「そういうことじゃなくてさ」

一瞬、場の空気が止まる。

「壊す側の人たちが、
“これ壊すの、もったいないな”って
思うもの、作らない?」

その言葉で、
流れが変わった。

そこから生まれたのが、
わいわいデッキというウッドデッキだった。

全国いろんな場所から
人が集まり、
ドリームキャッチャーが集まり、
それぞれの想いが重なった。

そこは、
対立の場所ではなく、
人が集まって、
笑って、
滞在する空間になった。

期間は、10か月。
👆よくいたなって思う🫡🙏

私は、
この話を聞くたびに思う。

壊す前に、
“ためらい”を生んだ場所だったと。
最終的に強制執行が入り、
トンネルは掘られた。

ここで心が折れてしまう人は、
きっと多いと思う。

でも彼女は、そこで終わらない。
👆ハート強すぎる🫡😂

彼女が見ていたのは、
「山があるかどうか」だけじゃない。

その場所で、
生き物が生き続けられる環境があるかどうか。

循環が、
もう一度戻る場所になるには、どうすればいいか。

人が管理する場所ではなく、
生き物たちが
自分たちで再生できる場を取り戻すこと。
人間がやるのは、最初その場を整えるだけ。
あとは生き物たちが勝手にやってくれる。

彼女が毎回
「私なんてトンネルほられてもまだ諦めてない。
やり続けている。私、しつこいんで。」
とあっさり笑いながら言う姿に、
胸を打たれる人は私だけではない。

その世界観に共感して、
彼女に依頼する人は多い
(たまに分かってなくて一蹴される人もいる)。

現場は高尾山だけにとどまらず、
神奈川、茨城、関西、北陸、四国、奄美大島へ。

@ダイスケ(元学長)/四角大輔 さんの友人
斎藤幸平さんは、坂田さんを
レジェンドと表現していた。
坂田さんの話を聞いて、元首相がお忍びで
生物多様性の国際会議に参加した。

どんなに大物でも、
彼女は誰とでも同じスタンス。
生き物も、人間も、同等に接する。

ただし、
イキモノは余計なことをしないので、
だいたい優しいだけで終わる。

余計なことをする人には、
すごい笑顔で、バッサリ😂

すごいなと思うのは、
あれだけ知っていて、
あれだけ尊敬されていても、
決してテングにならない。
そして彼女は必ず現場に立って、
一緒に作業する。(👈ここ、ポイント!)

そして何より、
「常に矢印を自分に向けながら、
知らないことを楽しみながら知っていく」
という姿勢。

泥作業もやる。
笹刈りもやる。
地域の住民との対話もやる。
重機を使えば早い場面でも、
生き物がいるから、基本は手作業。

作業しながら状態を見て、
「もう少しこっち」
「そこぐらいの深さまで」
と、的確に指示を出していく。

坂田まさこさんは、
「教える人」というより、
「世界の見方を渡す人」なのかもしれない。

答えを教えるのではなく、
世界をどう読むかの“眼鏡”を渡す人。

それは、
彼女と同じ考えになるための眼鏡じゃない。



それは、
「自分で見て、自分で考えていい」
という眼鏡だ。

ただし、
何もないところで考えろ、
ということではない。

彼女は、
世界を考えるための
知見や知識、視点という“材料”を、
これでもかというほど手渡してくれる。

そのうえで、
「さあ、どう見る?」と
問いを返す人だ。
👆坂田さんは聞いてはこない😂

彼女の話を聞いたあとで本を読むと、
同じ本なのに、見え方がまったく違う。

前は理解できなかったことが、
「ああ、これのことか」と腑に落ちる。

気づけば、
自分の中の基礎知識が
静かに底上げされている。

環境活動家でありながら、
活字中毒で、
タバコ中毒のヘビースモーカー。

ハードスケジュールなのに、
テニスや長唄もやっている。

「え?このあとテニス行くの?」と
周囲をざわつかせながら。😂

それが、彼女なりのバランスの取り方なのだろう。

矛盾も抱えたまま、
それでも現実の中で
「じゃあ、どうする?」を考え、
実践し続けてきた人。

坂田まさこって、ナニモノ?
と聞かれたら、
私はいつも、答えに困る。

ただひとつ言えるのは、

彼女に出会い、
学びを重ねるうちに、
世界は前と同じには見えなくなった。

……としか、
言いようがない。

そして、
私が世界で一番尊敬している人です。
それが、
私にとっての答えです。