2016年3月(当記事が掲載された当時)。
晩夏のニュージーランド。早くも2016年の6分の1が過ぎてしまった。

この原稿を書き始める少し前、今年の『ノマドプラン』の微調整をしていた。
現時点だと、4月から10月の間に、15ヶ国で移動生活をすることになっている。

でも実は、1年先まで予定を決めるようになったのは昨年から。
ニュージーランドに移住して以降、場所の制約を受ける予定はあえて、なるべく決めないようにしていた。
そのため、仕事のオファーへの返事はいつも期限ギリギリに設定。
各方面には常々ご迷惑をかけていたことだろう。

なぜか。

 
 
四角大輔|Daisuke YOSUMIさん(@4dsk)が投稿した写真 - 2015 9月 13 2:38午後 PDT 

 

 




理由は2つ。

1つは、ここ10年弱ほど、半年どころか3ヶ月先でさえ予測不可能になってきたことである。
感覚的には、iPhoneとMacBook Airが日本に登場した2007年、フェイスブックとツイッターが日本語化された2008年頃から、社会の変化速度が急激に加速した気がする。

もう1つには、先々まで予定を立ててしまうと、それに縛られて身動きがとれなくなり、人生の自由度を失ってしまうことだ。
たとえば、半年後にたった1つでも講演の仕事がはいっていると、その時間にぼくは、絶対にその場所にいなければならない。

一度、場所の制約を受ける予定が固まってしまうと、ぼくのノマドライフに大きな制限がかかり、ダイナミックな変更は不可能という状態になる。
『チャンス』を逃すうえ、『大きな流れ』にも乗れなくなってしまう。

実際に、こういう出来事は何度もあった。

もちろん、予定を立てないことで、失うものがあったのも事実。
ただ、ぼくとしては、この『未知なるもの』への可能性を何よりも優先させたかったのだ。

〈Photo. Daisuke Yosumi〉

レコード会社のプロデューサー時代は、まったく逆だった。

当時は、3ヶ月先までの自分のカレンダーを分単位で固め、半年先までは時間単位で確定。そして、担当アーティストの作品制作とリリース計画は、短くても1年半、長いと3年先まで週単位でガチガチに決めていた。
ある意味そういった緻密なプランニング立案能力と、それを遂行する 確実性がぼくのプロデュースワークにおける、最大の武器でもあったといえる。

レコード会社を退社したのは2009年末。
大学を卒業してから15年近くも音楽業界で働き詰たことになる。

その15年間において、世の中で創出されるイノベーションの数とその進化スピードは、今の10分の1もなかったのではないだろうか。
だから、当時の「予定で固めるやり方」が通用したのだと、ぼくは捉えている。

ただ、日本の音楽業界において、辞める2〜3前(前兆の2007年から2008年あたり)から、iTunesミュージーックストアの音楽配信が日本でも浸透するなど、デバイスだけでなくプラットフォームにおいても、デジタルテクノロジー革命の波が加速。
その頃から、「なんかもう違うな…」と肌で感じるようになっていた。

でも当時は、たとえそんな違和感を感じていても、どうしたらいいかわからない。
ただ、「いろいろな意味で固まってはダメだ。変化し続けないと」と、自分に言い聞かせていたことを、今でも思い出す。