いよいよ、Season 10th 最後のメソッド&ワークだ。
この1年を通じて、ぼく独自の「人生デザイン学」の中から〈12カテゴリー/48メソッド〉を、切り出す形でお伝えしてきた。
おさらいになるが、この〈ライフスタイルデザイン・メソッド〉を落とし込むステップは以下のとおり。
あなた自身
↓
あなたの身のまわり(持ち物や空間)
↓
あなたの大切な人や家族
↓
あなたが生きる社会・世界
↓
あなたが依存する地球環境
とにかく、すべてのはじまりは「あなたの内側」から。
多くの現代人が「外から内へ(マーケットイン)」という間違った順番で生きているが、生きる上での基準は「内から外へ(プロダクトアウト)」が絶対だ。
レコード会社時代のぼくのプロデュース術、そして作家になってからの戦略哲学とまったく同じ〝プロダクトアウト〟——つまり、「アーティスト・ファースト」「マーケット・セカンド」——である。
言い方を変えると「内が先、外が後」🌏
( 『超ミニマル・ライフ』の参考図書として、全世界2000万部突破の『7つの習慣』を読んで、著者のスティーブン・コビーも同じことを書いていたことを知った)
まず、あなたの体の真ん中に宿る「心=命」とつながり、
次に「自分ごと」から物事をはじめ、それを「家族・仲間」につなげ、
身近な手の届く範囲に広げながら、少しずつ大きな領域へ拡張し……
「社会」……そして「世界へ、地球へ」。
自分を本気で大切にしようとしたとき、人間はひとりで生きられないことに気づく。
すると自然に、家族や仲間を「自分のためにも大切にすべき」という発想が芽生える。
そして、「家族や仲間を守り抜くために」は、健全なコミュニティや国が必要と気づき、最後は、健全な自然環境と地球がないと「自身や家族を守り抜けない」と痛感する。
そして
今ぼくは、感謝の気持ちでいっぱいだ。
ここまで、コメントなどを通じて、気づきや知見を、Camperの仲間とぼくにシェアしくれて、本当にありがとう!!
誰よりもぼく自身が、みなさんのコメントからたくさんのことを学ばせてもらった。
毎年このメソッドの内容をアップグレードできている一番の理由は、みなさんのコメントのおかげ🙏
ぼくが、ガイド役を担いながらここまできたけど、
Camperのみんなが「師」であり「先生」だ。
Season 10の締めくくりとして、今週はぼくが人生を賭けて伝えているメインメッセージ「人は誰もがアーティスト」と共に、「太古の森=原始林」のような、すべてが美しく調和している「共生社会」について伝えたいと思う。
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【今週の先出しハイライト】
・結局、本来の自分=アーティストとして生きることが、最大の社会貢献になる。
・「太古の森」のように、多様な命が補完し合い、生かしあう共生の世界こそ、誰もがアーティストとして生きる社会の姿だ。
・本来の自分=アーティスト性を捨てることこそが、最も「反社会的行為」である。
・従うべきは「頭」ではなく、「心=命」から発せられる、あなた自身の小さな声だ。
・自身のギフトを分かち合い、与え合う「共生コミュニティ」こそがこのCamp理想の姿。
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● 「太古の森=原始林」と「人は誰もがアーティスト」
ぼくは、「誰もがアーティストとして生きる世界」と「太古の森」は同じだと思っている。
太古の森。
それは、地球上にわずかばかり残る、地球でもっとも古い原始林と呼ばれる森。
(残念ながら、本当にわずか。世界地図で見るとそれはもう「点」のよう……涙)
いっさい人の手が加わらず、しかも山火事や嵐といった大規模な自然現象の被害も受けずに、何千年、時に何万年という月日をそのままの姿で、悠久の時間と共に存在している森が原始林「太古の森」だ。
ぼくがニュージーランドで暮らす湖を取り囲む森は「原生林」——人間の手は加わっていないものの、過去に一度、噴火で燃え尽き、そのあと長い年月をかけて自然に再生した森だ。このまま千年単位で、大きな自然災害もなく、人が手を加えなければ、いつの日か「原始林」と呼ばれることになるだろう。
その原始林の中心部では、お互いの栄養分を奪い合う「寄生」は存在しない。
古木、樹々、シダなどの植物、苔や地衣類、微生物、そして昆虫や動物といった、多様性に溢れた生き物すべてが、お互いを補完し合うように存在し、完璧な循環のサイクルを繰り返しながら、完全に安定した状態を保っている。
それはまさに、すべての命が「生かしあう世界」、つまり「共生」。
究極とも言える生命力に溢れた、まさに無限のグラデーションの美しき世界だ。
「ひとつとして同じ形のものはない命たち」、そして「すべてに存在の意味と役割がある命たち」が、そこに存在している。
個々の「命」すべてに意味があり、無駄な命、無意味な命、役に立たない命など、たった一粒たりとも存在しない世界がそこにある。
そう、それはまるでアーティスト。
植物には知性はないと言われている。
だから「下等な存在」と考える人間が多くいるが、ぼくの考えは違う。
自分で作物を育て、原生林に囲まれて生きていると確信できる。植物たちには、間違いなく知性が宿っていると。
人間よりもはるかに高い知性を持つ彼らは、余計なことを考えないからこそ、ただただ生きることに、シンプルにありのままの営みに集中できているのだ。


