心の声に耳を傾ける
「ぼくは、決してアカデミックではない、ストリート出身の音楽プロデューサーなんです(笑)」
絢香、Superfly、平井堅、ケミストリーといった、才能溢れるアーティストを次々とプロデュースしてきた四角大輔氏は、屈託のない笑顔でこう語った。
「ぼくはマーケティングやブランディング、組織論を体系だって勉強したことはありません。アーティストを売り出すためのプロジェクトチームを指揮する際には、自分の心の声に耳を傾け、感じたことを自分の言葉で伝えるようにしてきただけなんです」
自分の言葉で伝えるための〝メモ〟
四角氏は筋金入りの〝メモ魔〟だ。思うこと、感じたことを日記のようにメモし始めたのが、中学1年生の時。以来、その習慣は27年にも及ぶ(2009年当時)。
四角氏がプロデュースする絢香の新曲が発売された翌日。CDショップの視察に同行させていただいた。四角氏は絢香の新曲が売り出されているコーナーや、気になったアーティスト、参考になりそうな売り場をくまなくチェックする。そして店外に出て、感じたことをメモに取る。
「いいと思った店頭展開や店頭プロモーション、参考になりそうな手法、そしてその理由を感じたままメモにしていきます。クリエイティブ業は現場で何を感じるかが最重要。頭でっかちになると感性を失います。このメモが、ぼく自身であり、ぼくの財産なんです」
四角氏が自分の言葉で伝えることを重視するのには、理由がある。営業や宣伝時代に、いろいろなプロデューサーから多くのプレゼンを受けてきた。いいアーティストなのに心に響くプレゼンと、そうでないプレゼンがあった。そしてそのプレゼンの熱意はユーザーにも伝わり、売れるアーティストと売れないアーティストの明暗がはっきり分かれた。四角氏は、その理由を考え続けたが、自分なりに一つの答えにたどり着いた。
「それはアーティストの問題というよりも、プロデュース側の問題だと思ったんです。営業が売りたくなるような販売促進策だったり、ユーザーが聴きたくなるような心に響くマーケティングは、どうすればできるのか。それは、プロデューサーが自分の言葉で伝えているかどうかということに気付いたんです。一般論も、アカデミックな用語も必要ない、自分の考えを、熱意を持って伝えること。これしかないと思いました」
ケミストリーの担当になった2001年に、それまでのメモを全て整理して、ケミストリーのプロデュースに、すべて自分の考えと言葉を当てはめてみた。なぜこの方向性なのか、なぜこの施策をとるのか、一つひとつを自分の体験談や感じたことをまじえながら、関係者の腹に落としていく。その想いは関係者だけでなくユーザーの心に届き、ケミストリーのファーストアルバムは320万枚のセールスを記録した。
自然に入り、自然とつながる
順風満帆にみえる四角氏のキャリアだが、20代の頃は挫折の連続だった。
昔から都会が苦手だったため、北海道で教師になることを目指した。その前の社会勉強としてソニーミュージックで会社勤めを始めたが、なかなか東京の水になじめない。
「ショービジネスのど真ん中にいると、海千山千の人もたくさんいます。騙し合いみたいなところもあるし、大変なストレスでした。人間不信にもなり、原因不明の体調不良に苦しみました」
心のバランスを崩し、身体もボロボロになりかけていた四角氏を支えていたのは、仕事とは真逆の世界である、〝フライフィッシング〟と〝アウトドア〟だった。
「自然は騙しませんからね」と四角氏は言う。
都会の喧騒を避けるように、心を癒すために、一人で、山や湖などに通い詰める日々が続いた。多い時は年に10回以上、北海道に行った。
「心のバランスを崩しそうになる前に、必ず、一人で自然に入り、自然とつながるようにしました。疲れたら対極にあるものと触れることで、自分を保てることが、肌感覚でわかりました」
純粋な気持ちで仕事に取り組むために
四角氏はフライフィッシングとアウトドアにのめり込んだ。すると、雑誌やテレビなどにも出演するほど、腕が上がってきた。釣り具やアウトドアメーカーからスポンサー契約のオファーも来た。遊びの範疇を超える世界が見えてきた。
フライフィッシング&アウトドアエキスパートとして、メディア露出が増えるようになった頃から、本業の方にも大きな変化が訪れた。
アーティストと一緒に〝純粋にいい音楽を作る〟という選択肢を迷いもなく選べるようになったのだ。ピュアな方法、ピュアな仕事のやり方を選んでいたら、周りから、人間として「こいつは違う」信頼されるようになってきた。
実は、この業界は、才能のあるアーティストについていれば、ものすごいお金が入る世界だ。「アーティストに寄生する人も多い」と四角氏は語る。
「ぼくは自分の性格的に、寄生するタイプの人間には絶対にならないという自信はありました。でもそれを確実にするために、釣りとアウトドアを極めようと本気になりました。さらに言うと、教員免許も取得済みで、いざとなったら教師になればいい、という覚悟もありました。
「自分や家族の生活のために。食うために。お金のために」ということを理由に、音楽の仕事で魂を売ったり、嘘をついたりは絶対にしたくなかったんです。だから教員や、釣りとアウトドアという、違う世界のキャリアでの力をつけておきたかった。心から納得できないことがあれば、妥協せずにそこから去るという覚悟を持つ。本業だけで頑張ろうと思っていたら、今の自分はなかったと思っています」
本業だけでなく、教職や、釣りとアウトドアという〝マルチキャリア〟が、四角氏の精神的な支柱となったのだ。
子供のように感動できる心
四角氏がプロデュースをする際に、必ず守っていることがある。
曲を聴く時は、まず心で聴く、ということである。
「歌詞をみないで、目をつぶって心で聴きます。すべてのノイズをシャットアウトするのです。何も考えずに無心になります。その時に何を感じるかです。胸が沸騰するとか、後頭部が熱くなるとか、鳥肌が立つとか、体に変化があらわれてくるんですね。つまり、体と心で感じることを大切にしています」
続けて四角氏は、こう言った。
「〝人間が脳だけで考えるレベルなんてたかが知れている〟というのがぼくの持論です。心で感じたり、心から伝えることの方がスケールが大きいと。頭で計算してやれることは限られていると思っています」
子供の時に楽しいと感じた時の、心と全身から沸き立つような感情の高ぶりが、四角氏が大事にする感情だ。釣りたくて釣りたくてたまらなかった近所の池の鯉を釣った時の喜び。下校時に、とんでもなく美しい夕焼けを見た時のゾクゾク感。〝子供心を忘れない気持ち〟が四角氏の原点だ。子供のように感じる心を忘れないようにするために、定期的に自然の中に入るようにしている。
感動できるかどうかを自分の基準にするようになってから、自然の中で味わえる喜びと仕事で得られる喜びが同じだと気付くようになった。そして、20代では苦痛でしかなかった音楽の仕事も、だんだんと愛せるようになってきたのである。
真のプロとは、プロではない人の心がわかる人
感じることを大切にしている四角氏は、こう続ける。
「リスナーは、目の前で行われているパフォーマンスを頭で論理的に分析しているのではなく、体で感じているんです。そういうリスナーを相手にする以上、〝感じる〟ということを忘れてしまうと、仕事をしているようで、やっていないことになるんです。ぼくはいまだに自分のことをプロだと思っていません。リスナーはプロではありません。プロの耳で聴いていいと思うものが、人々の心を動かすかというと、決してそうではないんです」
四角氏は過去に7つのミリオンセールスの作品を手掛けてきたが、それは計算してできることではなく、結果でしかないと言う。そういう結果が出るのは、聴いていて胸が熱くなる、といった感情の部分が大きく、理論やテクニックだけではないと断言する。純粋にいいものを追求する姿勢が、結果的に人々の心を動かすということを、四角氏は知っている。
本インタビュー【後編】は〝TO DOリスト〟ではなく〝やりたいことリスト〟を|四角大...