発酵デザイナー・小倉ヒラクさんと、森の執筆家・四角大輔さんの対談トークライブ『共生からみる多様性 〜新しいライフスタイルデザインとは〜』を聴いてきた。


二人の経歴を簡単に紹介すると、小倉氏は商業デザイナーを経て、自ら「発酵デザイナー」の肩書きを創出。現在は山梨に住み、発酵文化の研究や国内外への発信を行なっている。


対する四角氏は、レコード会社の音楽プロデューサーを経て、ニュージーランドに移住、現在は主に執筆家として活動している。


そんな二人はもともとビジネスの世界で活躍していた。
かたや製品やサービスを売るためのデザイナー、かたやアーティストを売り出すプロデューサーである。
小倉氏は「合理的に判断することも多かった」といい、四角氏は「ビジネスマインドが強いサラリーマンだった」と当時を振り返る。


ビジネスマンとしてのスキルを磨くと同時に、二人の中には当時から確かな“アーティスト・マインド”があったようだ。
小倉氏は味噌作りの方法を歌とダンス、アニメでキャッチーに伝える『手前みそのうた』を作成。
四角氏は厳しく売上げが求められる中で「たった一人に思いを届けたい」というアーティストたちの世界観を徹底的に守り、世に伝えていった。



そんな中で転機ともいえる時期が訪れる。
小倉氏は『手前みそのうた』が一人歩きし、学校の食育やさまざまなイベントに呼ばれるようになったとき。
四角氏は、担当していたアーティストが数百万枚のアルバムを売り上げたとき。


それを小倉氏は「自分の身の丈を超えて、物事が大きくなっていく」と語っていた。
まるで自身が研究している菌が爆発的に増殖していくような感覚。
小倉氏は「菌の世界に呼ばれている感じがした」という。


そして二人は、自分の直感に従って仕事や住む場所を変えていく。


山梨の自然の中で菌や微生物と暮らす小倉氏に対し、四角氏もニュージーランドの山で「森が発酵している」と感じることがあるという。
それは、何日もかけて厳しい山々をトレッキングしていくときのこと。
野宿のために腐葉土の上に身を委ねることがある。
そこでは、あたたかさや生命が生きているしるしを感じられるという。


山の上は岩や鉱物などの無機質に囲まれた世界であり、本来人間は生きていくことができない。
テントやキャンプの装備を持ち込むことで、一時的に最低限の生活を送ることができる厳しい世界である。


長い登山を終え山から降りていくと、まず森が広がっている。
そこは、有機物に囲まれた世界。
四角氏はいつも「ホッとする感覚」に包まれるという。
小倉氏によると、無機物は水を溜められないが、有機物には水を溜められる性質がある。
微生物がいるからこそ、山は水をたたえ、自然を彩ることができる。


その水はやがて溶け出し、海へと流れていく。
四角氏が湖や海に身を投じ、大好きなフライフィッシングに興じるとき、それはまさしく、微生物の力によって作られた世界に自分という存在が回帰していくことである。



無機物から有機物へ。
想像を超えた無数の生命が織りなす、世界の神秘。
私たちの体内にも無数の微生物がいて、私たちは海や山、自然と繋がり生かされている。


対談の終盤に、小倉氏から発せられた言葉。

「僕はもう“次の山”は目指さない」

東京にいた頃は、あれもこれもと山を登っては降り、次の山を探していた。
「流れに身を任せて、大好きな発酵の世界に長くゆるくいたい」という言葉からは、てらいもこだわりもまったく感じられなかった。


もしかすると、小倉氏と四角氏には「目に見えるもの以外の世界」が見えているのかもしれない。
二人が言っていたように、それは東京で仕事をしていたときには分からない感覚で、ライフスタイルという概念など超越した世界なのだろう。


四角氏はよく冗談で「森の妖精」を自称することがあるが、二人が生きているのは、まさにそんな人間離れした、生命が完全に調和した愛おしく、美しい世界なのだろう。



そんな世界の物語を聴いて、不思議と羨ましくは感じなかった。
だって、私たちも自然の中に足を踏み入れれば、森や海、生命の旋律を感じることができるのだから。
そう、決して難しいことではないのだ。


そんな世界を感じながら、いま目の前のことをがんばってみよう。
素直にそう、感じた。