こんにちは、仁です。
前編の記事では、
穂高養生園での土壁塗りを通して、
自分の中にあった
「働く」の前提が
どう揺らいだのかを書きました。
今回はその続きとして、
実際に土壁を塗る中で
自分が何を感じ、
どんなことに面白さや
手応えを感じたのかを
書いてみたいと思います。
正直に言うと、
最初はただ
「土壁塗りをする
職人さんって大変だなあ」
という感想でした。
でも、
数日やってみると、
少しずつ見えるものが
変わってきました。
・土壁の高低差
・水分の浮き上がり方
・土のやわらかさ
・コテの角度
・仕上げの違い
土壁塗りは単なる力仕事ではなく、
「素材を理解して整えていく」
仕事だと感じるようになりました。
そしてその感覚は、
自分の「好き」である
ねりきり、茶道、空間づくりにも
どこかつながっている気がしました。
【目次】
・土、水分、壁の変化が見えると面白くなる
・素材には特性があり、それを活かす手がいる
・仕上げを褒められてわかった、やりがいの正体
・一人じゃなく、みんなで仕上げる達成感
・サウナは茶室だった——僕が惹かれた感覚
土、水分、壁の変化が見えると面白くなる
※すでに塗られた土壁を見て、できるかな?と不安になる
土壁塗り1日目は、
全部が初めてでした。
土をこねる。
運ぶ。
壁に押し付ける。
コテでならす。
※先に到着したキャンパーさんの作業を見ながら覚える
見ている時は
なんとなくできそうな
気がしたけど、
実際にやると全然違います。
特に印象的だったのは、
作業していくうちに、
壁の高いところと低いところが
少しずつ見えてくることでした。
※わかりにくいですが、壁が盛り上がったりへこんだりします。これを平らにするのが大変でした
さらに、
コテで土を押すと
水分が浮いてくる感じや、
土の状態によって
触った時の感覚も変わってくる。
最初はただ「塗る作業」だったものが、
「素材の変化を見ながら整える作業」
に変わっていきました。
※2日目に少しずつ慣れてきました。ゆっこりさんとは野菜づくりのお話をたくさん聞けました
2日目には、
最初はショコラクランチみたいに
ボコボコした土を前にして、
「ショコラテリーヌみたいな土壁にしたい」
という意味不明な表現まで出てきて、
我ながら独特だなと思いました(笑)
※アツシさんは、みんなのまとめ役、棟梁みたいで心強かったです
でもそのくらい、
見た目や質感に対して
自分なりのイメージが
立ち上がってきていたんだと思います。
素材には特性があり、それを活かす手がいる
※土の配合比率のテスト結果(土、モルタル、ワラ、石灰の配合)。最適な素材をつくる。
※最適な配合比率で、土を練るところ。
土壁塗りをしながら
強く思ったのは、
素材には特性がある
ということでした。
土には土の性質がある。
水分量で変わる。
押し付け方やコテの
使い方でも変わる。
※コテにも種類があり、粗塗りしたり、仕上げしたり用途がある。
粗塗りでは、
手で押し付ける感覚も大事だけれど、
仕上げに近づくほど
コテの使い方がそのまま
見た目に出てきます。
「土が柔らかいから塗りにくいな」
「手でやるよりコテの方が整えやすいな」
そんなことを試しながら、
少しずつ感覚を掴んでいきました。
※まっつんさん、しょうちゃんの長野の方ともお話しながら作業
そんな中で、
以下の感覚が沸き上がってきます。
良いものづくりは
良い材料だけでは足りない。
材料の特性を理解して、
それを活かせる手が必要。
この感覚は、
土壁塗りの仕事だけでなく、
お菓子や料理、アート作品
茶道にも通じる気がしました。
材料をまぜ、
形をつくり、
美しく整え、
仕上げていく。
その感覚は、
今回の土壁塗りと
どこか似ていました。
(自分が過去に体験した
和菓子作りとリンクしました▼)
また、人や仕事も
少し似ているのかもしれません。
たとえば、アーティストと
プロデューサーの関係にも
近いものがある気がします。
良い人材(素材)がいても、
その特性を理解して
活かせる人がいなければ、
十分に力は出ない。
土壁塗りをしながら、
そんなことを連想していました。
(四角大輔さんの
プロデューサーのお話
「愛と理解はセット」とも
リンクした気がしました▼)
仕上げを褒められてわかった、やりがいの正体
※初めてにしては、上手できれいと褒めていただきました
今回印象に残っているのは、
土壁の仕上げをスタッフの人に
褒めてもらえた時のことです。
正直、
自分でも意外なくらい、
めちゃくちゃうれしかった。
その時に思ったのは、
自分はただ作業をこなすことよりも、
目に見えて整っていくこと、
仕上がりが美しくなることに
やりがいを感じるのかもしれない
ということでした。
土壁は、
仕上がりがそのまま見た目に出ます。
雑なら雑に見えるし、
整っていれば整って見える。
その分、
難しさもあるけれど、
手応えもわかりやすい。
「こういうの、多分好きなんだろうな」
と思いました。
これまで自分は
デスクワークをしてきたけれど、
もしかすると本質的には、
・何かを整えること
・細部を仕上げること、
・目に見える形で美しさをつくること
に惹かれているのかもしれません。
土壁塗りは、
その感覚をかなりはっきり
教えてくれました。
一人じゃなく、みんなで仕上げる達成感
※足場も取れて、みんなで塗った土壁の建物が披露されました。すごい!
※最初から最後まで滞在された、よしくん、本当にお疲れ様でした。(感謝)
もう一つ大きかったのは、
みんなでやることの力でした。
最初に建物を見たとき、
「あれだけ広い壁が
本当に終わるのかな?」
と思っていました。
でも数日かけて、
みんなで少しずつ進めていくと、
4面全部がちゃんと塗られていった。
しかも日に日に、
仕上がりのクオリティも
少しずつ上がっていく。
この感覚は、
一人仕事ではなかなか
味わえないものでした。
自分はこれまで、
一人で完結する仕事が多かったので、
こういう共同達成感を
久しぶりに感じた気がします。
黙々と一人でやる良さもある。
でも、みんなで一つのものを
仕上げていく喜びもある。
その両方を感じられたのは
とてもよかったです。
サウナは茶室だった——僕が惹かれた感覚
※ハーバルサウナ小屋。よしくんとつよしくんが一生懸命、準備してくれました
土壁塗りが予定より早く終わり、
みんなでサウナも入りました。
そこで感じたのは、
「サウナは茶室と似ている」
ということでした。
(最近、茶道に興味があるため)
どちらも、
余計なものをそぎ落として、
ノイズを減らして、
人が整うための場を
つくっている感じがある。
ただ気持ちいいだけじゃなくて、
その前に
場が整えられていることが大切。
しかもそれは、
押しつけがましくなく、
さりげなく用意されている。
そこにとても惹かれます。
※サウナ小屋近くの滝。修業僧になれます。
また、サウナの後には、
山から流れてくる冷たい水を浴び、
まるで禊(みそぎ)のように
あらゆるノイズが洗い流されていく。
疲れも、考えごとも、
少しずつ冷たい水に
削ぎ落とされていく感覚。
そういう感覚は、
茶室で感じた静けさや、
余計なものがなくても
満たされる感覚と
どこか重なっていました。
土壁塗り、サウナ、茶室。
一見バラバラに見えるけれど、
自分の中では
「ノイズを削ぎ落とすこと」
「美しく整えること」
「整う場をつくること」
でつながっている気がします。
まとめ:僕は美しく整え、仕上げることが好き
穂高養生園での土壁塗りは、
ただ仕事を体験する時間では
ありませんでした。
土の特性を知ること。
手を使って整えること。
仕上がりの違いを見ること。
みんなで一つの壁を完成させること。
そして、整う場の感覚に触れること。
その全部を通して、
自分はどうやら
素材や形や場を
美しく整え、仕上げていくことに
惹かれているらしい、
ということが見えてきました。
今回の体験そのものを
仕事にしたいという話では
ありません。
でも、
・素材を理解すること
・細部を美しく整えること
・見た目や質感を大切にすること
・人や場が整うことに惹かれること
こうした感覚は、
これからのライフワークを考える上で
かなり大事なヒントになりそうです。
自分の「好き」は、
派手なものではなく、
静かで手触りのあるものの中に
あるのかもしれません。
今回の土壁塗りは、
その輪郭を少しだけ
はっきりさせてくれた体験でした。
穂高養生園で関わってくれた皆さん
本当にありがとうございました!!
そしてそして!
このキャンパーさんの
「場づくり」の企画設計がなければ、
今回の貴重な体験は叶いませんでした。
@じゅんじゅん/事務局・志知純子 さん
本当に本当に感謝しています!
※かずかずさんのつぶやきの動画から、楽しそうな姿を引用させていただきました(かずかずさんの軽快なトークやユーモアなお話をまた聞きたいなと思いながら。)
関連記事:「働く」をテーマにした前編もあります!
前編記事では、
穂高養生園での体験を通して
「働く」の前提が揺らいだ
話を書いています。
今回の「好き!」につながった
自分が大切にしたい価値観や、
自然体でいられる感覚については、
自己紹介②の記事にも書いています▼



