こんにちは、仁です。
3月16日~3月23日まで
長野・安曇野の穂高養生園で
「ジム施設の土壁塗りボランティア」
に参加しました。
今回この場に
行ってみたかった理由は、
主に次の5つです。
1:職人的な肉体労働を
体験してみたかったこと
2:実践している生活習慣が
場所や環境を変えても
続けられるか試したかったこと
3:自然の中での暮らしが、
心身にどう影響するか
確かめたかったこと
4:環境を変えた暮らしの中で、
持ち物や生活習慣を
さらに洗練したかったこと
5:共同生活や交流を通して、
人との関わりを
取り戻したかったこと
穂高養生園は
その全部を試すのに
とてもよい場所でした。
結果として、
穂高養生園の理念を
体感できただけでなく、
数日過ごしただけで、
自分の暮らし方や
働くことに対する前提が
大きく揺さぶられました。
今回はその中でも、
自分の中にあった
働くことに対する前提が
どのように揺らいで
何が見えてきたのかを
書いてみたいと思います。
【目次】
・「誰と働くか」で、仕事の空気はここまで変わる
・福田さんの「仕事をしたことがない」という言葉
・お金に依存しすぎない暮らしと生き方もある
・まとめ:体験を通して、「働く」の前提を見直した
「誰と働くか」で、仕事の空気はここまで変わる
※土壁を塗る前に、スタッフさんから説明を受けている様子
今回の土壁塗りでは、
作業そのものだけでなく、
「誰と一緒にやるか」で
仕事の心地よさが
大きく変わることを感じました。
印象的だったのは、
最初から働きやすい空気と、
過去の会社員時代との違いの
2つです。
価値観が近いと、連携は自然に生まれる
※壁に塗る土を作っている場面
※機械で土を練っている場面
※練った土をみんなで建物まで運びます
今回、土壁塗りを
一緒にやっていて
強く感じたのは、
「誰と働くかは大事だ」
ということです。
今回は
Campのコミュニティメンバー
中心の参加でした。
初対面の方もいましたが、
どこかに共通の
価値観や空気感がある。
その前提があるだけで、
変な緊張感が少なく、
最初から連携しやすい
感覚がありました。
※練った土をみんなで一斉に壁に塗っていきます(アツシさん、よしくん、かじさんの作業を見ながら真似します)
しかも今回は、
「参加したい」という
希望制で集まった人たちでした。
人から言われて来た人ではなく、
自分の意思で来ている人たち。
そこにはやっぱり
「主体性」があります。
※みんなで協力体制。キャンパーの連携はすごい!
さらに印象的だったのは、
それぞれが違う仕事や立場を
経験してきていることで、
自然と役割が
立ち上がっていたことです。
誰かが段取りを見て、
誰かが動き、
誰かが気づき、
誰かが支える。
声高に指示を出さなくても、
少しずつ呼吸が
合っていく感じがありました。
もちろん、これは
ボランティアです。
実際の仕事とは
条件も責任も違います。
それでも、
価値観の近い人たちが、
自分の意思で集まり、
自然に役割を持って動く。
この状態があると、
仕事ってずいぶん
変わるんだろうな、
と思いました。
会社員時代との違いがはっきり見えた
※仕事が嫌だったころのイメージ図
自分の過去を振り返ると、
在籍していた会社では、
価値観も方向性も
バラバラな人たちが
集まっている感覚が
強かったです。
その中で、
・足並みがそろわない
・主体性の差に不満が出る
・お互いの姿勢にモヤモヤする
・本音より空気を優先する
みたいなことが
起こりやすかった。
でも今回は違いました。
※初めましての方が多くても、すぐになじめるのはキャンパーならでは!?りえさん(よしくんパートナー)、せいちゃん(ともさんパートナー)、かおりん、のりさん、女性陣も外で大活躍!(雰囲気も自然と明るくなります!)
「価値観、方向性、主体性。
このあたりが近い人が集まると、
よい仕事ができるのかもしれない」
そんな感覚を、
頭ではなく
体で知れた気がします。
福田さんの「仕事をしたことがない」という言葉
今回もう一つ、
「働く」の前提を
大きく揺さぶられたのが、
福田さんのお話会でした。
その中で印象に残ったのが、
「仕事をしたことがない」
という言葉でした。
好奇心が先にあり、仕事は後から形になる
※福田さんの人の話に耳を傾ける姿勢が、本当に尊敬できます。
福田さんは、
穂高養生園を
ここまでつくってきた方です。
医療や健康の現場に
長く関わりながら、
運動、食事、休息を
「治療」ではなく
「暮らし」として
体験できる場を
つくり続けてきた。
外から見れば、
どう見ても
仕事をしている人です。
でも、そんな福田さんが、
ご本人の感覚としては
「仕事をしたことがない」
という言葉を話されていて、
正直かなり驚きました。
「え、作業現場でも
今も仕事してるじゃん」
と思いました(笑)
でも話を聞いていると、
福田さんの中では、
仕事が先にあるのではなく、
好奇心が先にあるんですよね。
・気になることがある
・やってみたいことがある
・知りたいことがある
そのまま動いていたら、
結果として仕事のような
形になっている。
でも本人にとっては、
「仕事をしている」
という感覚ではない。
自分の中で「働く」の前提が揺らいだ
「仕事をしている」
という感覚はない。
この感覚は、
自分にとって
大きな衝撃でした。
なぜなら、
自分の中にはずっと、
日本的な働き方の
前提があったからです。
大学を出て、
就職活動をして、
会社に勤めて、
お金を稼ぎ、
生活していく。
もちろん、それ自体を
否定したいわけでは
ありません。
でも、そのルートだけが
人生の前提になっていると、
そこから外れる発想は
持ちにくくなる。
自分はずっと、
「まず仕事を成立させなければ」
「好きや興味よりも仕事で稼ぐこと」
という前提で生きてきました。
だからこそ、
「好奇心で活動していった先に
結果として仕事になっている」
という世界観に触れて、
心が揺さぶられました。
うまく言えないけれど、
自分はこれまで、
「どう働くか」より先に、
「誰の価値観に従って生きるのか」を
あまり疑わずにきたのかもしれません。
「どう働くか」だけでなく、
「何を軸に生きるのか」
その問いが、今回はじめて
はっきりした気がしました。
お金に依存しすぎない暮らしと生き方もある
今回の滞在では、
働き方だけではなく、
「お金と生き方の関係」
にも気づきがありました。
今回は、いわゆる
「住み込みの交換型ボランティア」
(ワークエクスチェンジ)
での参加です。
滞在して働いている限り、
住居費、食費、光熱費などの
生活費の支払いはありません。
※滞在する環境としては良すぎるくらい。
この体感は自分にとっては、
かなり大きかったです。
毎月当然のように出ていく
大きな固定費がないだけで、
生き方の前提が
かなり変わることを
実感しました。
もちろん、
これをそのままずっと
続けられるかは別です。
現実的には
制約や厳しい面もあるでしょう。
でも今回、
「何が何でも働いて
お金を稼ぎ続けなければ
生きていけない」
という一択ではなく、
金銭交換に依存しすぎない
暮らし方や交換の仕組みもある
と体感できたことは、
大きな気づきです。
生き方の選択肢が増え、
心に余白ができた気がしました。
今後は、ウーフなど
今回のような交換型の暮らしも、
いろいろ体験してみたいと
思いました。
※美味しい食事を用意してくださった(かおりん、なないろさん、元キャンパーのモーリーさん、養生園スタッフさんたちのサポートあってこそ、滞りなく働けて、暮らせることを実感しました(感謝)
まとめ:体験を通して、「働く」の前提を見直した
※全員の力で、土壁塗りは無事に完了したとのこと!よしくんが写真を送ってくださいました
穂高養生園での
土壁塗りボランティアは、
単なる作業体験ではなく、
自分の中にあった
「働く」の前提を
見直す時間になりました。
・誰と働くかで、
仕事の空気は
大きく変わること
・主体性のある人が
集まる場には、
自然な役割が
生まれること
・好奇心による活動の先に、
仕事のようなものが
立ち上がる生き方があること
・お金を稼ぐことだけが、
生き方のすべてではないこと
そしてもう一つ、
今回強く感じたのは、
ライフワークと
ライスワークを考える前に、
「自分の生き方の軸を
どこに置くのか」が大切だ
ということでした。
こうしたことを、
頭で考えるのではなく
体験として受け取れたのは
大きな価値です。
※土壁を塗りながら色々考えさせられました(感謝)
正直、
自分の働くの前提は
まだぼんやりしています。
でも、
今まで当たり前だと思っていた
「働く」の前提を見直せたことは
よかったと思っています。
これからも、
こうした場に触れながら、
自分にとってのライフワークや、
自分軸のある生き方を
少しずつ確かめていきたいです。
関連記事:後編記事もぜひ!
【後編の記事】では、
土壁を塗る中で見えてきた、
「好き」や「アーティスト性」、
「ハーバルサウナ体験」で
感じたことについて書いています。
土壁塗り、サウナ、作品作り。
一見バラバラに見えるものが、
自分の中でどうつながったのかも
振り返ってみました▼
働いた感覚がないと言う
穂高養生園の福田さんの生き方は
音声配信で聞けます▼
今回の体験の背景にある、
「仕事中心の人生から、
暮らし中心の人生へ」
という流れについては、
自己紹介①の記事で書いています▼





