「自然素材で歯ブラシをつくるなんて、どんなリスクがあるかしれたもんじゃない。そんなことしなくても、これまでどおりにプラスチックの仕事をしてればええんや」
同業者の否定的な声に、村中克(むらなか・かつ)さん(54)は奮起した。
大阪府東大阪市にあるプラスチック製品を製造する工場、新進化学。村中さんはこの工場の社長である。製造しているのは歯ブラシや櫛、ファンデーションケースなどのプラスチック製品だ。47名の社員が24時間体制で機械を動かしている。月に500万個の製品を製造し、約30のメーカーに納品している。年商は7億円にのぼる。
そんな村中さんの工場の一角に、100%自然素材の歯ブラシを製造するラインがある。製造ラインと呼ぶには小さく、製造にたずさわるのは開発者である村中さんも含めてたった三人。職人が手作業で一本一本歯ブラシをつくっている。
2021年にできたこの歯ブラシの名は「turalist(チュラリスト)」。柄の部分は家具づくりの際に出るブナの木の端材、ブラシ部分は食肉用に育てられた馬や豚の毛を使うアップサイクル製品だ。価格は一本2,200円だが、獣毛のブラシは先端が広がりづらく、大切に扱えば半年から一年ほど使用することができる。
プラスチック製品と自然素材の歯ブラシ。村中さんがこれまでとは正反対の素材の歯ブラシを開発したのはなぜなのだろうか。
「turalist」開発者の村中克さん
社長としての挫折、社員を信頼すること
村中さんがプラスチックの仕事にたずさわるようになったのは、同じくプラスチック工場を経営していた父親の影響だ。はじめて村中さんがプラスチックの仕事をしたのは高校生のとき。父の取引先のプラスチック工場でアルバイトをした。次々とつくられる製品をひたすら箱詰めしていく作業だった。単調な作業だがあわただしく、決められた休憩時間以外はトイレに行く暇もない。工場の時計をみるたび、なかなか時間が経たずに嫌になったという。
「自分には合わないから、一生この仕事はやらないと思っていました」
高校を卒業した村中さんは、父親から家業を継がないかと言われたが、断って家を出た。はじめにやったのはとび職。その後、塗装屋の仕事も経験する。朝は6時から夜は日付が変わるころまで、定休日もなく働いた。そのおかげで一人暮らしする収入を得られ、毎月実家に10万円を仕送りしていたという。
「家にいたときは、社長の息子という気負いがあったのかもしれません。自分一人でもできるんだというのを周りに認めてもらいたかった」
自分だけの力で仕事をし、生活することができる。3年間必死に働いた自信とともに、村中さんは実家のプラスチックの仕事にもどった。どうせやるなら、父親より大きな会社にしてみせる。20歳の村中さんはよく周囲にそう話していたという。
父親の会社にもどった後、村中さんは後継ぎがいなかった取引先の会社に出向し、社長となった。父親の会社とは仕事上でも親子関係になった。しかしバブル崩壊の影響を受け、父親の会社が倒産してしまう。共倒れになるように村中さんの会社も不渡手形を出してしまった。
「当時は、なぜ倒産したのか理解できませんでした。社長としての覚悟も経験も足りなかったんです」
村中さんが経営するプラスチック工場
村中さんは社長の座を降り、社名を変えて再出発した。30代になっていた村中さんは失ってしまった信用を取りもどすべく必死に働いた。日曜日だけは休みだったが、祝祭日も関係なく働いた。メーカーから依頼された製品を製造し、ひたすら納品する。
「当時は、目の前の仕事をこなすだけで精一杯。本当に必死でした。でも、自分ががんばればなんとかなる。そう考えていたのかもしれない」
そのかいあって、39歳になる年に村中さんは再び社長となった。
「でもね、その年に社員から『社長失格や』って面と向かって言われたんです。自分のことばかりで社員のことを全然見てないって。どうしてもっと社員を頼ってくれないのかって」
社員からそんなことを言われたのははじめてだった。
「当時は、自分のことしか見えていなかったんでしょうね。社員の気持ちをまったく考えられていませんでした。社員から指摘されて、このままではいけないと痛感しました」
42歳のとき、村中さんは得意先の社長に誘われ、大阪の経済団体に入会する。そこで村中さんは青年部連合会の事務局次長に推薦された。加盟する800社の社長を相手に会議の準備や資料の作成、懇親会の開催などをしなければならなくなった。その忙しさで、これまで一手に担ってきた会社の仕事ができない。会社の仕事の一部を社員に任せる必要があった。
「青年部連合会の仕事が忙しくなってしまったことで、社員に頼るしかなくなってしまいました。でも、結果としてそれが良かった。僕も社員も強くなることができたんです。人に任せる大切さを学びました」
村中さんの手を離れても仕事はまわった。それどころか社員が責任をもって働いてくれたおかげで、会社の業績も雰囲気もどんどんよくなっていった。村中さんが一人で気負って経営していたころの月商は1,000万円ほどだった。仕事を手放してから従業員数も増え、現在の月商は6,000万円ほどになっている。
プラスチックの仕事にやりがいを感じる
ある日、社員が商品の企画を提案してきた。100円ショップに旅行用の歯ブラシセットを販売するというものだった。プラスチックのケースと歯ブラシを工場で製造し、外部でつくられた歯磨き粉とセットにして販売する。当時すでに旅行用の歯ブラシセットは薬局やコンビニにはあったが、100円ショップではまだ販売されていなかった。
村中さんの会社はホテルのアメニティを多く製造していたが、海外製の安価な商品が入ってきて、仕事をとられていた。価格競争で安く製造していた歯ブラシとケースなら、100円ショップに納品しても採算がとれるだろうと考えたのだ。
結果としてこの戦略は功を奏す。ダイソーやセリアなど大手100円ショップには村中さんの歯ブラシセットが並び、飛ぶように売れた。このヒットが会社の業績を向上させ、村中さんの考えを変化させる。
自分たちが企画し、開発した商品を適切な場所に提供すれば、製品で世の中に影響を与えることができる。消費者として買い物に行けば、自分の工場でつくった歯ブラシが店頭に並び、買い物客がそれを手にとっている。それまで依頼された製品を納期どおりに製造するだけだった仕事が、村中さんにとってはじめてやりがいを感じるものになった。
100%自然素材の歯ブラシ「turalist」
自然素材の歯ブラシをつくる
歯ブラシセットはすぐに似たような製品が参入し、価格競争に巻き込まれた。しかしそれ以上に問題だったのは、世の中のプラスチックに対する捉え方が変わりはじめていたことだ。
ウミガメの鼻にプラスチックのストローが刺さり、流血している。はじめてその映像を見たとき、村中さんは衝撃を受け、心が痛んだという。加工がしやすく、丈夫で安価なプラスチックは、戦後日本の高度経済成長を支えてきた。それが海洋汚染や生態系への悪影響の元凶として報じられるようになっていた。
自分が誇りをもって製造しているプラスチック製品が悪者になっている。このままプラスチックだけを製造していればいい時代は終わる。村中さんはそう直感した。
2018年、旅行で訪れたオーストラリアのスーパーマーケットで、村中さんの目はある商品に釘付けになった。日本の薬局と同じように、歯ブラシが棚にぶら下がっている。しかしその内のひとつが竹でできていた。
「これや! これからはこういうものをつくらなあかん」
日本にもどった村中さんは、竹製の歯ブラシを中心に、海外からありとあらゆるプラスチック製ではない歯ブラシを取り寄せて使ってみた。しかしどれも日本人の口には大きすぎたり、竹のざらざらとした違和感があったりと納得できなかった。
ブラシも持ち手も自然素材で、日本人に合う歯ブラシをつくらなくては。村中さんには心当たりがあった。知り合いの会社が竹製の工業用ブラシをつくっていたのだ。そこに持ち込めば、少し形を変えるだけで歯ブラシがつくれるはずだ。
しかし、反応はかんばしくなかった。
「工業用の設備で口に入れるもんをつくるっちゅうのはなあ。どうしてプラスチックの歯ブラシがあるのに、わざわざ面倒なことをするのか」
知り合いの同業者や取引先に何度も企画を話し、協力を打診したが、どれもつれない返事ばかりだった。やはり自然素材の歯ブラシなんて無理なのだろうか。断られるたび、村中さんの情熱は小さくなっていった。
計画が進まないままコロナ禍に突入し、プラスチック工場の経営が危うくなった。業績が悪化し、会社の立て直しに追われるなか、よみがえったのは20代で経験した倒産の記憶。当時と違い、今では数多くの従業員を抱えている。注文数が減り、仕事をしているつもりでも手持ち無沙汰の時間が増えていた。ひとたび手を止めれば、先の見えない不安に押しつぶされそうになる。
気を紛らわせるように、村中さんは再び自然素材の歯ブラシのことを考えはじめた。
「そういえば、知り合いに家具職人がおったな」
村中さんが歯ブラシのことを相談すると、家具職人は椅子をつくる際に出るブナの木の端材を提供してくれた。ためしに歯ブラシの形状に加工してみると、竹製のものより口当たりがいい。
問題は植毛だった。ブナの木の加工は職人が一本一本手作業で行うため、ヘッド部分にあけられた穴の大きさや向きが微妙に異なっている。画一の規格で植毛する工業用機械では、ブナの木に毛を植えることができない。
「これがプラスチックなら、毛を植えるのは簡単なことなのに。そう思わずにはいられませんでした」
ヘッド部分にあいた穴は、一つひとつ大きさも向きも違う。
そんなとき、知り合いの植毛工場の社長が会社をたたむことを村中さんに伝えにきた。コロナ禍で業績が悪化したのに加え、職人が高齢になり、廃業するのを決めたという。
工業用機械での植毛が主流になった現在、手作業での植毛技術は希少だ。なんとか自然素材の歯ブラシに活かせないか。ためしにブナの木に豚と馬の毛を植えてもらうと、毛が抜けづらく歯ブラシとして使えるものができた。長年ブラシの植毛にたずさわってきた職人だからこそなせる技。村中さんは植毛工場の社長と職人を引き入れ、自然素材の歯ブラシをつくる会社を立ち上げた。
「turalist」を支える職人
歯ブラシの持ち手に豚や馬の毛を植毛するのは、75歳の女性職人・西本隆子(にしもと・たかこ)さん。西本さんは30代の半ばから植毛の仕事をはじめ、40年にわたり植毛職人をしてきた。獣毛・プラスチック製の毛にかかわらず、手動の機械で植毛を行う。化粧筆やヘアブラシ、歯ブラシなどあらゆるブラシ製品の製造にたずさわってきた。
職人の西本隆子さん
西本さんはただ植毛するだけでなく、植毛機械を自分で修理する。50年以上使われる機械は現在ではもう修理する部品がなく、調子が悪くなっても調整してくれる人がいない。西本さんは仕事をはじめたときから先輩の仕事ぶりを見て、植毛だけでなく修理の仕方まで覚えてしまったという。
「当時の女性には珍しいかもしれないけど、機械をいじるのが好きなんです。作業時間に機械の調整が終えられずに、一度家に帰って家事を全部やってから、夜に工場にもどって機械の修理をしたこともありました」
西本さんは植毛だけでなく、機械の調整も自分で行う。
西本さんは5年前に心筋梗塞を患い、手術をした。
「大病をしてしまったから、私の職人人生はもうこれで終わりかなと思いました。でも、もしこのまま終わってしまったら、職人としてなにも残せない。それが心残りで退院した後も工場の機械の様子を見にいってたんです。社長が廃業を決めて、もう仕事もないのにね」
西本さんは村中さんから自然素材の歯ブラシの話を聞いて、ぜひ植毛したいと思ったという。
「自然素材の歯ブラシなんて、すごいもの考えはるなって思いました。珍しいものだから若い人がつくっているところを見学しにくることもあるんです。以前の仕事は人が見ていないところで淡々と植毛するだけだったから、たくさんの方が関心をもってくださって、会いにきてくれたり話をしたりできるのは職人冥利に尽きます」
西本さんはそう嬉しそうに話す。
「村中さんは私にもう一度活躍の場をつくってくれました。不思議なんだけど病気をする前よりも、今の方が元気なんです。お客さんの『西本さん、歯ブラシ使ったよ』という声が聞けて、みなさんから元気をいただけているんです」
歯ブラシの穴は一つずつ差異がある。見極めて正確に植えるには長年の経験が必要だ。
もう一人の職人、中山正三(なかやま・しょうぞう)さん(57)は西本さんが以前に勤めていた植毛会社の社長だった。廃業を決め、そのことを村中さんに報告しにいったときのことをこう語る。
「自然素材の歯ブラシを作りたいっていいはるんです。なにかをしたいっていう人はたくさんいるけど、それを実際にやる人はほとんどいません。でも、そのとき村中さんはもう持ち手の部分を完成させていました。それを見て、これならうちで植毛できるんちゃうか、そう思いました」
職人の中山正三さん
プラスチックは強度があるので、口に入れるヘッド部分を薄く加工することができる。しかし木材はある程度厚みがないと、植毛するときに割れてしまう。だがそれではブラシ全体が大きくなってしまい、磨き心地が悪くなる。村中さんはそのことに悩んでいた。
「ブラシの先端を短く、持ち手の方が長くなるように斜めにカットしたらどうかって言ったんです。先端が短ければ、しっかり奥歯まで届く。それならヘッド部分が少し厚くても問題ないと思ったんです。そしたら村中さんは『それや!』って言って僕のアイデアを採用してくれたんです。何十年も仕事をしてきましたが、アイデアを求められることなんてなかったので、自分の意見を採用してもらえたことが嬉しかったですね」
ブラシの先端が斜めになるようにカットする。
その後も中山さんは村中さんから商品についての意見を求められるようになった。
中山さんは西本さんが植毛した毛の先端をカットし仕上げを行う。自分のアイデアが反映された仕事はやりがいがあるという。
先端にいくほど短くなるように斜めにカットされたブラシ部分。強度を保つために少し木材が厚くなっても、これで奥歯までしっかり届く。
村中さんのモノづくり
職人による手作業のため「turalist」は月に150本ほどしか生産することができない。それでもこれまでに1,800本以上を売り上げた。2023年には大阪府から、優れた技術に裏打ちされた創造力あふれる製品に贈られる「大阪製ブランド」に認定されている。
turalist単体ではまだ利益を十分に確保できず、いつまでも高齢の西本さんに頼ることはできない。
村中さんは次の商品を開発し、生産に動きはじめている。
新製品「renne+(リンネ+)」は、植物性由来のブラシと再生プラスチックと再生紙を混合した持ち手の歯ブラシだ。コンセプトは「プラスチックと向き合い、お客さんと循環させるシステムをつくる歯ブラシ」。
お客さんが使い終わった歯ブラシを工場に返送する。歯ブラシは持ち手とブラシに分離され、持ち手は溶かされて新しい歯ブラシへと再利用される。再生プラスチックが主な原材料なので、工場で安定した量を生産し「turalist」より低価格で販売することができる。
新製品「renne+」試作品
「renne+(リンネ+)」は、村中さんのプラスチック工場である新進化学の社員も巻き込んでいる。そこには、社員に自分の仕事にやりがいを感じ、製品で社会に影響を与える達成感を知ってほしいという村中さんの思いがある。
「自分がそうであったように、一人ひとりが責任をもち、周りの人と協力して仕事に取り組む。そうやって企画や開発した製品が多くのお客さんに使ってもらえて、世の中に影響を与える達成感と喜びを体感する。旅行用歯ブラシセットのときのようにね。これができている会社は、未来まで明るいと思うんです」
村中さんはそう語る。
「うちの仕事は、やりたいと思って入ってくる人はまずいない。華やかさはないし、生産ラインの仕事に単調さを感じることもある。肉体労働だから体力的にきついときもある。だから社長である自分が、社員にこの会社でがんばろうと思ってもらえる環境をつくってあげないと」
環境問題について、村中さんはこう話した。
「歯ブラシ一本を替えたからといって、環境問題が解決したり、世の中が一気に変わるとは思っていません。もっと大きな部分を変えないといけないという話もある。それに比べたら僕のやっていることなんか、小さなことです。人によっては『turalist』をプラスチックをつくっている罪滅しだと批判するかもしれない。それでも、自然素材・プラスチックのメリット・デメリット両方を知っている自分だからこそできることがあると信じています。良いか悪いかではなく、プラスチックは使いようによっては役に立つことも知ってもらう。新しい製品も含めてお客さんにプラスチックも自然素材も選んでもらえるように、選択肢を増やすこと。それが僕の仕事なんです」
村中さんがつくる「価値」
高校一年生の時、村中さんは散髪屋でアルバイトをしていた。そこのマスターに言われたことがある。
「村中くんのええところは、その笑顔や。一生忘れたらあかんで」
村中さんが展示会で「turalist」を販売するとき、お客さんに厳しい意見を言われることもある。価格が高すぎはしないか。本当に半年もつのか。そんなときでもお客さんに対応する村中さんはいつも穏やかで笑顔だ。
「製品がいいのは当たり前のこと。たずさわる人みんながやりがいをもってつくった製品を販売し、お客さんに喜んでいただく。それが大切だと思います」
展示会で対面販売する村中さんはいつも笑顔だ。
村中さんはプラスチック製品、自然素材の歯ブラシを製造してきたモノづくりの人だ。しかしそれ以上に、モノづくりを通じて一緒に働く社員やお客さんが笑顔になれる環境をつくっている。
村中さんはこうも言った。
「『環境問題』って大きく考えてしまうと、なにからはじめればいいかわからなくなってしまう。自分が変わったところで、世の中そう簡単に変わるのかって。実は僕もそうです。でも、身近に手にとるものに選択肢があれば、はじめの一歩のハードルはぐっと下がると思うんです」
朝起きて、歯ブラシを手にとる。調子のでない日もあれば、昨日あった嫌なことが忘れられない日もある。それでも、多くの人は今日一日を良いものにしたいと思う。手にしたモノが誰かの笑顔を願い、やりがいをもってつくられたものならば、今日という日のはじまりは、少しだけ心豊かなものになる。
turalistは大阪製ブランドに認定されている。
100%自然素材の歯ブラシ「turalist」公式HP