「生きていて一番気持ちいい瞬間は何?」
これは、人生で数え切れないほど何度も、自分自身に問い続けてきた、もっとも大切な〝衝動の確認作業〟だ。
子供のころから変わり者だったぼくは、「今日一番気持ちよかったことは何か」と毎夜、寝る前にベッドの中で自問自答していた。
小学校低学年からアウトドアを愛していて、あらゆる野外遊びの中で、もっとも夢中になれたのは魚釣り。
特に「魚が掛かったとき、水中から手元に伝わってくるビリビリ!という振動」こそが、人生でもっとも気持ちのいい瞬間だった。
ぼくはいま、ニュージーランドの原生林に囲まれた湖の畔で、半自給自足の〝森の生活〟を送っている。
自分で食べる分の野菜、ハーブ、果物は自庭のオーガニック農園と、周辺の森からのいただき物だ。
自宅前の湖でサーモンのような鱒を、近くの海で鯛やヒラマサなどを釣り、自らさばいて調理する。
飲料水と生活用水は、湖底から湧き出る純度100%のミネラルウォーターをポンプで汲み上げて、使っている。
ちなみに、細々とだが電気とインターネットだけはつながっているので仕事は存分にできる。
〈Photo. Shotaro Kato / Model. Daisuke Yosumi〉
ニュージーランドへ移住したのは2010年。
そのときの荷物は、ソフトトランク2とバックパック1つ、そして複数の釣り竿が入ったロッドケースのみ。
それ以外の物、仕事や地位、年収などはすべて捨てた。10年以上暮らした東京のマンションを引き払う時、90%以上の物を手放した。
「これは必要かどうか」と迷うことは一切なかった。
ニュージーランド移住は学生時代からの、15年来の夢。
それゆえ、高価な家具や家電は不要だとしていたことに加え、もともと物欲やブランド欲が希薄な人間で、洋服は下北沢で買った古着がメイン。家の大きなモノのほとんどは、リサイクルショップやネットオークションで調達した中古だったからだ。
部屋にあった唯一のこだわりの物といえば、我がライフワークであり、いまでは仕事の一つになっているフライフィッシングと登山のウエアと道具だけ。
さらに、現地での家も車もまだない状況でニュージーランド入りしたため、移住直後の半年間はキャンプ場で暮らした。
そこの芝生の上に広げたその最小限の荷物をながめていると、両足が宙に浮くほど清々しい気持ちになった。
39歳というそのタイミングで、「生きて行く上で荷物はそんなに必要ない」と確信できたことは、その後人生の大きな財産となった。
〈Photo. Daisuke Yosumi〉
移住前のぼくの仕事は、レコード会社のプロデューサー。
ソニーミュージックとワーナーミュージックに15年ほど勤務し、数々の素晴らしいアーティストとの出会いに恵まれ、配信を含めるとトータルで10回のミリオンヒットを創出することができた。
移住前年の2009年は、担当していた絢香とSuperflyが女性アーティスト年間アルバムランキングで1位と2位を飾った。
周りからは「なぜ絶頂期に辞める?」と詰問されたが、ぼくはその問いに答える気力はなかった。
もちろん、心から惚れ込んで信じ抜いてきたアーティストや作品がブレイクすることは、全身が震えるほどの喜びだ。でもそれは、「今後の人生に生かせる至高のインプット体験ができている」という確信があるだけだった。
それと、退社がこのタイミングになった理由は、単にニュージーランド永住権の許可が下りたからだった。
10年以上ずっと恋い焦がれ、その間に何度もあきらめかけて、準備と申請には実質3年という月日を費やしていたこともあり、仕事での大きな成果よりも、永住権を手にしたことのほうが奇跡だったし、圧倒的な感動だったのだ。
「すべてを捨てた」と書いたが、レコード会社に入ってから得たもの(こと)はすべて「もともと持ってなかったもの」だったから、捨てたという感覚は実はなかった。
そして、生まれてからそれまでに至るどんな成果も「あくまでインプット」であり、ぼく自身の「人生を賭けたアウトプット(表現)活動」は、ニュージーランド移住後から始まるんだと確信していた。
〝身ひとつ+α〟というミニマムな状態に抜け出した瞬間の気持ちは「本来の自分に還れた」という表現の方が正しかったと言える。
さらに言うと、仕事も趣味も、ライフスタイルも、人生すべてを「ニュージーランド移住のため」にデザインしてきたから、「やっと人生の本番がはじまった」という、感慨深い精神状態を手にしたにすぎなかった。
〈Photo. Daisuke Yosumi in NZ〉
「魚が掛かった瞬間」
この全身を駆け抜けるような強烈な衝動は、言葉では説明ができない。
これ以上の快感を得られる瞬間を、人生でまだ見つけられていない。
さあ、夜が明けてきた。
目の前にはゴールドに輝く美しい湖畔が広がっている。
そして、今ぼくは圧倒的な幸福感に包まれている。
30年以上、その〝言語化不可能な衝動〟を守り抜き、それを追及する形で人生をデザインしてきたことが、今の、湖畔の森の生活、釣り場での暮らしという〝夢にまで見た理想のライフスタイル〟に直結していると言い切れるだろう。
「自分にとって一番気持ちのいい瞬間」を把握し、それを中心に人生をデザインする。
この愚直かつシンプルな思考法こそが、ブレない自分を構築し、本当の幸せをもたらしてくれるのではないだろうか。
2016/06/19 07:00