『人生やらなくていいリスト』
四角大輔著
頑張らなくていいことに「命=時間」を費やしてる君へ。
現代社会を生き抜くためのミニマム仕事術。
「To Do」を手放し、仕事の効率を高める。
「心の荷」を捨て、理想の生き方を手にする。
超高ストレス社会で自分を守り抜き、
軽やかに働くための40の技術が語られた、
「世界一簡単な」人生デザイン学の本。
今回は、本著よりChapter 08を全文公開!
Chapter 08 逃げ道はつくっていい
「仕事がつらい」誰もが、そう思ったことがあるだろう。
ぼく自身が、社会人になってからずっとそうだった。
そんな時、ぼくを救ってくれたのは、「逃げ道」の存在だった。
〈Illustrator. Takahiro Koyano〉
逃げ道というと、後ろ向きなイメージをもつ人がいるかもしれない。
だが、苦しかったあの時代のぼくを支えてくれたのは「前向きな逃げ道」だった。
「いざとなったら明日辞めればいい」これは当時、つらい時に必ず唱えていた呪文。
心が折れそうになっても、この言葉があるだけで気持ちがラクになった。
入社一年目の仕事は、ソニーミュージック札幌営業所でのお店営業。CDや映像商品を地元のCDショップに売り込みに行くのが主な仕事だ。
当時のソニーは、ひと月に二〇〇タイトルほどの新商品を発売していた。それを売り込むために、毎日、何店ものCDショップへ営業に回る。
会社からは「これらの商品に力を入れなさい」という指示がくる。
でも、ぼくは自分がいいと思うアーティストと作品しか本気で売り込めなかった。もちろん、会社がそんな新入社員を許しておくはずはない。
上司からは「なぜ会社の命令に従わない」と言われ続け、先輩にあごを小突かれて硬いものが噛めなくなったり。ついには陰湿ないじめに遭うように。
けれども、ぼくはスタンスを変えなかった。それは「自分が正しい」という確信があったからではない。単純に「変えられなかった」のである。
心からいいと思えない商品を、会社命令だからといって、「必ず売れるので、ぜひ、 仕入れてください」と言えなかったのだ。
頑張ってそれを言葉にできたとしても、相手にはまるバレ。
「君、本当はいいと思ってないでしょ」と疑いの言葉をかけられると、目をそらすか、「あ、はい...会社に言われていて...」と、つい口を滑らせていた。
メンタルが弱かったぼくは、自分自身と、目の前の人に嘘をつきながら働くというストレスのせいで、原因不明の咳が続き、軽い失声症にもなってしまう。
正直にやっても嘘をついても、どちらも苦しい上に、成果も出ない。「それなら自分の心に正直に生きるしかない」という、消去法での選択にすぎなかったのだ。
そして、そんなことができたもうひとつの理由。
大学で英語の教員免許を取得し、ニュージーランド移住の夢をもっていたぼくは、本気でこう思っていたからだ。「先生になるか、移住すればいいんだ」と。
いま考えれば、それらは決して簡単なことではなかったが、実現可能かどうかなんて、 その時は関係なかった。ただ、「前向きな心の逃げ道=ポジティブ・エスケープ」をつくることで、ぼく自身が完全に壊れることを避けていたのだ。
さらにぼくは、もうひとつの逃げ道をもっていた。それは、大好きなフライフィッシングに没頭し、大自然の中へ逃げること。
レコード会社時代、三回引っ越したが、その釣りを思う存分にやれる美しい湖、「支笏湖・本栖湖・芦ノ湖」まで、車で一時間以内の場所に毎回部屋を借りた。通いやすい ことで、どんなに忙しくても湖に行けたため、精神的崩壊から逃れられたのだ。
さらに、湖でよく会う人と、「昨日はあの場所で釣れたよ~」「最近はこのフライ(毛バリ)がいいよ」という、仕事とは関係ない楽しい会話をするだけで、驚くほどリフレッシュできたのである。
そしていつの間にか、フライフィッシングを通して釣り人たちとの小さなコミュニティに入っていた。
〈Illustrator. Takahiro Koyano〉
会社員には転勤はつきもので、多くの場合、勤務先には友達がいない。
すると、仕事や会社が生活の大半を占めるようになり、交友関係は社内や取引先といった、仕事関係者ばかりとなってしまう。
そして気付かぬうちに、仕事のストレスを発散する場が、彼らとの飲みの場での、グチ大会だけになってしまう。しかし、こういった飲み会でのグチの言い合いは、生産性も創造性もゼロでまったく無駄な時間となる。
当然、それは決して「ポジティブ・エスケープ」にもならない。
根本的なストレス解消にもならないことは言うまでもなく、深酒や夜更かしが伴うことで体を壊し、心の病にまで進行してしまう可能性すらある。
二年間の営業の後、アシスタントプロデューサー兼メディア宣伝と、新人発掘を三年ほど務め、プロデューサーで独り立ちして約一〇年。
計一五年に渡って、熾烈な競争にさらされる音楽業界で仕事をやり続けられたもっとも大きな理由。それは、複数のポジティブ・エスケープという、精神的なセーフティネットの存在だった。
その結果、会社や取引先から、どんなに理不尽なことを強いられても、心が納得しないことは「NO」と言えて、「魂を売らず」に済んだ。
もちろん否定され続けるし、プロデューサー後期になって連続ヒットを出せるように なるまでは、社内での批判や、あつれきに常にさらされていた。
が、しかし 。新入社員の頃から一切、仕事で手を抜かなかったこと。周りに理解も賞賛もされないような、現場での小さなこだわりを、妥協せず貫き続けたことが、後にプロデューサーとしての大きな成果に結びついたと、いまだから言い切れる。
多くの会社員は、「評価が下がること」「給与が減らされること」「異動させられるこ と」、そして「クビになること」が怖くて、もしくは「食うためにしょうがない」という正当性のない言葉を理由にして、無茶な命令に対して無抵抗で、自分の信念を簡単にねじ曲げてしまう。
〈Illustrator. Takahiro Koyano〉
たとえそれが、自然環境や他者を傷付けることにつながるような、人の道を外れた業務であっても自分に「YES」と言い聞かせて、受け入 れてしまう。
ぼくの場合、強靱な精神力や、自分に対する確固たる自信があったか ら、理不尽な押しつけに抵抗できた訳ではない。
自分の心に嘘をつく行為自体がもっともつらく、高ストレスだったため、単純にその 選択肢を選べなかっただけだ。
そして、会社という狭い世界、業界という閉鎖的な人間関係で、精神的に追い込まれないように、いつも外の世界に、「好きなことでつながれて、心許せるライトな人間関係」 を確保していたことが助けになっていた。
さらに、前述の「逃げ道」をいくつか用意しておくことで、「それなら辞めます」と、 いつでも本気で言える状態に自分をキープすることができたのだ。
それでも何度も、過労とストレスで体を壊し、精神的にも危うくなった。
崖っぷちには立ちつつも、複数のポジティブ・エスケープのおかげで、体と心は完全に破壊されず、ギリギリのところで自分を守り抜くことができた。
世界トップクラスの高ストレス社会となっている日本社会。
そんな過酷な現代を生き抜くために、「ポジティブ・エスケープ」は、ビジネスパー ソンに限らず、学生や主婦、どんな立場に関係なく、現代人にとっての、必須のサバイバルツールになりうるのではないだろうか。
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