みなさん、おはようございます。長野に移住して、まもなく5ヶ月が経ちます。

極寒の冬を乗り越え、初めて見た高遠の桜は、圧倒的な美しさでした。

そして新緑の季節に入り、濃淡豊かな山の緑に癒されるなぁと思ったら、梅雨入り。。

自然に近い暮らしとなり、四季の移り変わりがダイレクトに響きます。

さて久々に自分の人生を振り返っていました。


私は体験至上主義ですが、これからの人生、体験したくても出来ないことがある。

そのことについて自分の感情と向き合い、その気持ちを共有したらスッキリしました。


Camperが300名いたら、300通りの人生がある。
自分が選択した人生を後悔しないように生きるには、自分の人生をしっかり生きること。





そう心から思えたので、自分の心境の変化をシェアしたいと思います😊


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「子どもをつくらない選択」


自己紹介ブログでも書きましたが、他界した私の夫は交際期間中に骨髄異形成症候群となり、発病から2年後に骨髄移植をしました。それから半年後に彼は社会復帰。移植から3年、私が27歳の時に結婚しました。


彼は放射線治療の影響で子どもができにくい体でしたが、人工授精するチャンスは残されていました。しかしドクターから「骨髄移植後の5年生存率は20%」と告げられていた私は、もし万が一を想定すると、子どもを一人で育てていく自信がありませんでした。シングルマザーの友人もおらず、漠然とした不安を払拭できないまま、「彼となら子どもがいない人生でも幸せだ。」と確信して、二人で話し合い、子どもをつくらないことを決めました。


そして骨髄移植から10年、結婚8年目、私が35歳の時に彼は他界しました。


その後、私は喪失感から仕事に没頭。食事も適当になり自分を大切にしない日々が続きました。

そんな私に「子どもはいた方がいいよ。」と再婚を勧めてくださる人たち。でも私には新しい人生を描く心の余白も、「子どもが欲しいから結婚」という考えもありませんでした。


そんな私も40代に入ると自分の中で変化が起きてきました。自分を取り巻く環境が変化したのです。独身時代から仲良くしていた会社の同僚が、次々と結婚し、子育て期へ。ミーティング前の会議室の雑談が子育ての話で盛り上がると、なんとなく自分が置いていかれたような気分になりました。

(2014年9月 骨髄バンクを設立した大谷貴子さんと。私の心の支え、恩人です。)




「そんな自分を打破したい。」


そう思って私はサードプレイスを求め〈LifestyleDesign.Camp〉の前身、Life is Artに入会しました。会社は仕事をする場所。周囲と人生観がずれるのは仕方ない。でもプライベートの居場所、コミュニティは自分で選べる。子どもがいない私にとっては、人との出会いや繋がりは大切。そう思って踏み出した一歩は、後に人生に大きな変化をもたらすものとなりました。


Camperは、自分の理想の人生をデザインしているポジティブなエネルギー交換ができる人たち。そこには自分の人生を楽しみながら子育てするシングルマザーも沢山いました。


色々な生き方を知ることは、人生の選択肢、未来の可能性を広げるきっかけになるんだなと思いました。

(2019年9月 大阪ミートアップ。またリアルで学長、Camperと集まりたい!)



学長やCamperとの出会いから1年後、私は絶対に無理だと思っていたことを実現しました。


それは夫の他界後、ひとりで9年間住んでいた横浜駅前のマンションを出たこと。

当時は利便性重視の価値観。喪失感から衝動買いをしていた私は、仕事帰りにショッピング出来る環境が幸せだと思っていました。


しかし学長のライフスタイルデザインメソッドや、特別会員(現プレミアムキャンプ)でのセッション、Camperからの学びを通して、心の声を聞けるようになった時、夫との思い出もさることながら「引っ越してはいけない」という思い込みがあることに気が付きました。マンションの頭金を義母にも負担していただいていたので、なんとなく気が引けました。


そんな私の心を見抜いた学長の「3ヶ月以内に引っ越さないと絶交する!」宣言をきっかけに、私は横浜駅前から、大きな公園のある東京下町へ転居。

義母に引越しする決意を伝えたら「純子ちゃんのチャレンジを応援している!幸せになってほしい。」と優しい言葉をかけていただき、私が勝手に自分自身を縛っていたことに気が付きました。それを機にメンタルブロックが次々と外れていきました。


・約25年の会社員生活を終え、フリーランスになる。(チームで仕事をする)

・将来の不安で貯めた貯金を、人生を変える旅に投資。(スリランカ、ドイツ、NZ)

・年下の男性がパートナーになる。(年齢に縛られなくなる)

・思い立ってから3ヶ月後、東京から長野へ移住する。(都会から田舎へ)

(2020年2月 NZのエイベルダズマンのシーカヤック。自分の限界を超えた。)




学長から言われた

「人生はいつだって自由なんだ」、Camperのソウルメイトから言われた「幸せに蓋をしない、自分の可能性に制限をかけない」を胸に、オールドワールドから飛び出したことで、自由に人生の舵取りができるようになりました。


それなのに・・・突然訪れた、心のモヤモヤ。


父になった学長のベイビーちゃんへの熱い想い、溢れ出る愛に触れた時、感動と同時に、ふと「パートナーは子どもについてどう考えているんだろう?」さらには「私は人生において大切な経験をしてこなかったのかも・・・」と、少し複雑な気持ちが出てきました。



「自分の人生をしっかり生きる」


そこで学長の「良いパートナーシップを築くには、お互い向き合ってすり合わせすることが必要」という言葉を思い出し、パートナーに心の内を全て打ち明けました。

勇気がいることでしたが、これも含めて全て「自分」だから。

そして彼の考えを聞くことが出来て、心のモヤモヤが晴れました。お互い今必要と感じているから一緒にいる。その積み重ねを大切にしようと思いました。


20年も経つと、自分の価値観も、取り巻く環境も大きく変わっている。

今の価値観で過去に最善だと思った選択を見ると、モヤモヤすることだってあるだろう。


それを乗り越えていくには、
自分が選択した人生をしっかり生きること。


人生の岐路に立った時、自分と向き合うことから逃げずに出した結論ならば、一瞬モヤっとしても、結果的にはすべて今の自分にとって必要なこと、幸せのピースに繋がっている。

その時は見えなくても、後から振り返るとちゃんとそうなっているから面白い。




もし夫と出会い、結婚していなかったら、学長やCamper、パートナーとも出会えなかったし、長野に移住してLSD.Campの事務局をしている今の私はいない。


今回のモヤモヤの振り返りから、改めて自分を信じて、誰のものでもない自分の人生をしっかり生きていこうと思いました。自分らしく、マイペースで。

(2021年4月 長野の千代田湖キャンプ場。長野へ遊びにきてください。)



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今回のブログを書く前、学長にも自分の気持ちを吐露しました。


「俺はもし子どもができなかったら養子をとる予定だった。それくらい子どもが欲しかった。

でも世の中には、じゅんじゅんのように、子どもをつくらない選択をした人、子どもが欲しくてもできなかった人がたくさんいる。だからこそ、じゅんじゅんが思ったことを書いた方がいい。」と勇気づけていただき、Camperのみなさんにありのままの気持ちを書いてみました。


田舎暮らしを始めて、自然環境、人間関係、タイムマネジメント、自分自身のこと、日々向き合っていますが、今こうして気持ちをシェアできる学長、Camperの皆さんには、本当に感謝しかありません。皆さん、これからもどうぞよろしくお願いします😊



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